スタッフの自己紹介
28年間クルマ屋ひとすじの社長が語る…「アレ・コレ」
はじめまして。 ビッグランの代表をしております増田です。
少し長くなりますが、時間のある方はお付き合いください。
【 会社設立 】のアレ・コレ
設立は1990年11月、五日市に現在の本店を出しました。
本当に裏通りのビルの1階で、6台くらい置けるテナントです。
おそらく広島の中古車屋の中では、1番分かりにくい場所にある
“地域1番店”だと思います。(笑)
社員も「6ヶ月だけ手伝ってくれ」と、無理やり引っ張り出した妻ひとりでした。
6ヶ月の予定が、延長また延長でいまだに手伝ってもらっています。
当初は、「なんでこんな裏で商売するのか」「大丈夫か?」と先輩方に心配されました。
当時、表通りの展示場(五日市八幡の大東建託の物件でしたが…)も借りないかという話もありました。
普通のプレハブを建てたようなお店にはしたくなかったので、狭くて裏だけど(お金が無かったのもありますが…)ビルのテナントでしたいという気持ちがとても強く、中古車の販売店では珍しく『展示台数は5台しか置けないけど事務所は広く』という考えで作りました。
その頃は、1台でも多く展示してプレハブの事務所にスパンの看板と言うのが主流の時代で、ソレが1番の成功法でした。
でも、事務所を広めにとって、ゆっくり話が出来て、少しシャレた感じで他店と違う雰囲気の店にしたかったのが当時の気持ちでした。
とりあえず展示車を3台だけ置いて、ビッグランはスタートしました。
創業当初はふる〜いビートルを買って来ては、レストアーを1〜2年くらいかけて仕上げる。間にフツ〜の車を売って儲かった分レストアーにまわす…
こんなことばかりやっていました。
詳しくは
「フォルクスワーゲンとビッグランとのおはなし」
に書いてあります。
本店は徐々に展示場を広げて展示車を増やしていき、サービス工場を作り、それでも少し狭くなってきたので次は日のあたる場所へと、1999年12月石内バイパス沿いに ミニバン専門店ワゴンパーク石内店 をオープンしました。
2本の大きな木を植えて(現在はトラックが突っ込んで1本になってしまいましたが…)、看板を板にしてWOODYな店にしました。
クリスマスシーズンだったこともあって、“週刊パパタイム”というTV番組にも取り上げてもらいました。女子高生やカップルが、夜ツリーの下で写真とかも撮っていました。
現在は、本店が「輸入車のお探し専門店」、石内店(旧ワゴンパーク)が「ミニバンのお探し専門店」として、ビッグランの12名のスタッフは今日も忙しく頑張っております。
・・・・・・・・・・・・あっ! まだ読んでいただいてました?! ありがとうございます!!
??・・・「はいっ!」 ・・・・・・「続きを!」というお客様のご要望の声を今、頂いた気がしましたのでさらに続けます。
【 私の経歴 】のアレ・コレ
私は24歳でクルマ業界に入りました。
新車の営業で、あるディーラーに入社したのが最初です。
4年間ほど新車販売をし、ある大手の中古専業店に9年間勤めた後、今の会社を造りました。
若いときは人と喋るのは大嫌いなほうで、というより正確に言えば喋るのが下手なので嫌いだったんだと思います。
ですから、絶対に喋る仕事には就きたくない!というのが本音だったと思います。
ではなぜ?営業と言う仕事に就いたのか?
実は、未だに自分でも不思議なんです。大きな理由は簡単に入れたのと(別にその会社がどうこうといういみではありませんが…)、販売なのでやったことの結果が分かりやすい。
つまり、自分の力で何台売れるか? やった分だけはっきり答えの出る仕事は営業しかなかった、ということかな?と思っています。
途中で中古車の営業になってさらに面白くなりました。色んな車に乗れるのと、自分のクルマを作るのも面白かったのですが、中古車の営業自体が面白いと思うようになりました。
【 お客様との事 アレ・コレ 】
確かに営業そのものはノルマもきついし、お金も売っただけのマージン制だったのできついし…という実感はしていました。
ただ、何年か経つうちに全く知らない人が中古車を買いに来て、お客様になって修理だの自己だの車検だの、いいことも悪いことも含めて何回もあって話をして問題を解決していく。そのうち、非常に仲良くなってクルマの事はぜーんぶ任してもらうようになる。
会社を変わってもまたクルマをお世話して欲しいと来てもらえる。見ず知らずの人が、たまたま中古車を購入して知り合いになり、友達になり、今では2世代でクルマのお世話をさせてもらっているお客様が何人もいらっしゃるという事実…これは非常に素晴らしいことではないかと思っています。
【 お客様との事(3世代販売)の アレ・コレ 】
最初にお客様の家に行ったときは、まだ小学生くらいでかわいい子供だったのが、数年後に親に連れられて「こいつが乗るのにええ車ないか?」と一緒に来られたときは、赤い髪に細い眉毛の小憎たらしいツッパリ坊主に…
子供が本当にかわいい親の思いと、したから見上げてガンとバスツッパリ坊主の思いを聞きながら、2人の思いを調整したところのクルマを見つけて売った。
その後、お父さんから電話…事件です。
相談しながらよい解決法を探る。幾度と無く問題発生。解決する。
そうこうしているうちに、ツッパリ坊主がいつの間にやら結婚。
かわいい子が誕生し、とたんに子煩悩。子供のためにワゴンにする。
ただし、ツッパリ系ワゴンは外せない。
時代は過ぎて今はツッパリ坊主から仕事バリバリ父さん。子供は中学生。
事件の多かった時代のことを懐かしく話す。「僕も若かったよね(笑)」と…
「今は仕事が大変でも、子供がかわいいんだよね。」云々…云々
26年間クルマ屋ひとすじの僕にはこんな風景があるんです。
あと少しで3代目が免許を取れば3世代にクルマの販売をするという記録ができる。そして、クルマ屋のお兄ちゃんからクルマ屋のおじちゃんへ…そして次はクルマ屋のおじいちゃん(?)…とは呼ばれたくないなぁ…でも、これもこれからの楽しみです。
そして、こんなことが自分にとって今とても幸せに感じれます。と同時に「中古車の営業」を選んでいなかったら、こんなことは起こりえてない。「中古車屋の営業」を26年やってきたからなんだ…と、そんな気がしております。
【 中古車販売についての思い アレ・コレ 】
中古車販売業と言うのは正直、あまり良い見られ方をしませんが、中古車という分かりにくい商品性からか、安心を求めるせいなのか、人と人とのつながりとか不思議な縁とかが、他の営業よりも強く感じられる職業だと思っています。
適当なことを言ってうまく儲けるというのではなく、お客様との縁を大切にし、本当の意味でお客様の思いをよく聞き、納得するクルマを提供していけたら、といつも思っています。
ここでCMタイムです。とばさないで…続けて読んで欲しいと思う。
当社は今、「車のお探し専門店」という全国60店舗あるグループに加入しています。
注文販売ではなく、より多くの選択基準の中から情報を提供する「情報販売」を目指しています。
同時に「コンサルティング営業」も目指しています。
分かりにくい中古車の「選択基準」を教え、相談しながら納得できる1台を一緒に探し出すお手伝いが出来たら、と考えています。
【 コミュニケーションのはなし アレ・コレ 】
「コンサルティング営業」を進めていく上で極めて重要なのが、コミュニケーションと言う能力です。この話しは尽きることなくあるので要点だけ言いますと、通常「コミュニケーションの第一歩は、相手の話をよく聞くことから始まる」などといいますが、このスタートが間違っているのだと思います。
どういうことかと言うと…
最初は、相手と「一緒にいる」と言うこと、ここから始めようと言うことです。
お互いが同じ位置に立ち、お互いの価値観を認め合い、敬意や尊敬の念を払い…つまり、お互いが「同じ空間を共有する」からスタートすべきだと思います。
会社で言えば、お客様と空間や価値観を「共有する」から「思いを聴く」「話す」そして「問題を調整する」から「創造」クルマで言えば「販売」という形が生まれる。などと…会社で訓示を言っているみたいですが…実は「コミュニケーションの5段階をマスターしろ!」と、いつも会社でうるさく言っている言っていることなんです。(笑)
少し会社っぽくて、理屈っぽくて面白くないですかね?(笑)
ただ、マジでこのスキルをもっともっと上げて本当に納得いく1台を見つける。
お客様とスタッフとの間で「車探しのパートナーシップ」がとれれば、と思っています。
最後に… 「まだあるのかよ!」というお客様の声が聞こえてますが、もう少しです。
長いのはよーく分かっています。
社長のブログ
で、いつも言われていますから…
でも、最後にどこの社長も言いたいのです。これから自分の会社をどうしたいのか?を…
と言うことで
【 ビジョンの アレ・コレ 】
目標は「3世代販売」のできる「お探し専門店」になることです。
目指すは、出会いを大切にしクルマの事なら絶対に負けない「コンサルティング営業」のできる中古車店です。
最後の最後に…まとめ(無理矢理(笑))としてビッグランのビジョンは?といえば…
「もう一度会いたい人」
と
「もう一度行きたい店」
になることを目指す
です。これは、格好だけでなく「本当」に「本気」で「本心」です。
ここまで読んでくださった方は、とても優しくて、思いやりがあって、しかも、かなり辛抱強い方だとお察しいたします。
最後まで付き合っていただき、
とても感謝!感謝!
です。
改めて御礼申し上げます。
ありがとうございます。
©Copyright 2006 BIG-RUN Co.,Ltd. All rights reserved.
はじめまして。 ビッグランの代表をしております増田です。
少し長くなりますが、時間のある方はお付き合いください。
【 会社設立 】のアレ・コレ
設立は1990年11月、五日市に現在の本店を出しました。
本当に裏通りのビルの1階で、6台くらい置けるテナントです。
おそらく広島の中古車屋の中では、1番分かりにくい場所にある
“地域1番店”だと思います。(笑)
社員も「6ヶ月だけ手伝ってくれ」と、無理やり引っ張り出した妻ひとりでした。
6ヶ月の予定が、延長また延長でいまだに手伝ってもらっています。
当初は、「なんでこんな裏で商売するのか」「大丈夫か?」と先輩方に心配されました。
当時、表通りの展示場(五日市八幡の大東建託の物件でしたが…)も借りないかという話もありました。
普通のプレハブを建てたようなお店にはしたくなかったので、狭くて裏だけど(お金が無かったのもありますが…)ビルのテナントでしたいという気持ちがとても強く、中古車の販売店では珍しく『展示台数は5台しか置けないけど事務所は広く』という考えで作りました。
その頃は、1台でも多く展示してプレハブの事務所にスパンの看板と言うのが主流の時代で、ソレが1番の成功法でした。
でも、事務所を広めにとって、ゆっくり話が出来て、少しシャレた感じで他店と違う雰囲気の店にしたかったのが当時の気持ちでした。
とりあえず展示車を3台だけ置いて、ビッグランはスタートしました。
創業当初はふる〜いビートルを買って来ては、レストアーを1〜2年くらいかけて仕上げる。間にフツ〜の車を売って儲かった分レストアーにまわす…
こんなことばかりやっていました。
詳しくは「フォルクスワーゲンとビッグランとのおはなし」に書いてあります。
本店は徐々に展示場を広げて展示車を増やしていき、サービス工場を作り、それでも少し狭くなってきたので次は日のあたる場所へと、1999年12月石内バイパス沿いに ミニバン専門店ワゴンパーク石内店 をオープンしました。
2本の大きな木を植えて(現在はトラックが突っ込んで1本になってしまいましたが…)、看板を板にしてWOODYな店にしました。
クリスマスシーズンだったこともあって、“週刊パパタイム”というTV番組にも取り上げてもらいました。女子高生やカップルが、夜ツリーの下で写真とかも撮っていました。
現在は、本店が「輸入車のお探し専門店」、石内店(旧ワゴンパーク)が「ミニバンのお探し専門店」として、ビッグランの12名のスタッフは今日も忙しく頑張っております。
・・・・・・・・・・・・あっ! まだ読んでいただいてました?! ありがとうございます!!
??・・・「はいっ!」 ・・・・・・「続きを!」というお客様のご要望の声を今、頂いた気がしましたのでさらに続けます。
【 私の経歴 】のアレ・コレ
私は24歳でクルマ業界に入りました。
新車の営業で、あるディーラーに入社したのが最初です。
4年間ほど新車販売をし、ある大手の中古専業店に9年間勤めた後、今の会社を造りました。
若いときは人と喋るのは大嫌いなほうで、というより正確に言えば喋るのが下手なので嫌いだったんだと思います。
ですから、絶対に喋る仕事には就きたくない!というのが本音だったと思います。
ではなぜ?営業と言う仕事に就いたのか?
実は、未だに自分でも不思議なんです。大きな理由は簡単に入れたのと(別にその会社がどうこうといういみではありませんが…)、販売なのでやったことの結果が分かりやすい。
つまり、自分の力で何台売れるか? やった分だけはっきり答えの出る仕事は営業しかなかった、ということかな?と思っています。
途中で中古車の営業になってさらに面白くなりました。色んな車に乗れるのと、自分のクルマを作るのも面白かったのですが、中古車の営業自体が面白いと思うようになりました。
【 お客様との事 アレ・コレ 】
確かに営業そのものはノルマもきついし、お金も売っただけのマージン制だったのできついし…という実感はしていました。
ただ、何年か経つうちに全く知らない人が中古車を買いに来て、お客様になって修理だの自己だの車検だの、いいことも悪いことも含めて何回もあって話をして問題を解決していく。そのうち、非常に仲良くなってクルマの事はぜーんぶ任してもらうようになる。
会社を変わってもまたクルマをお世話して欲しいと来てもらえる。見ず知らずの人が、たまたま中古車を購入して知り合いになり、友達になり、今では2世代でクルマのお世話をさせてもらっているお客様が何人もいらっしゃるという事実…これは非常に素晴らしいことではないかと思っています。
【 お客様との事(3世代販売)の アレ・コレ 】
最初にお客様の家に行ったときは、まだ小学生くらいでかわいい子供だったのが、数年後に親に連れられて「こいつが乗るのにええ車ないか?」と一緒に来られたときは、赤い髪に細い眉毛の小憎たらしいツッパリ坊主に…
子供が本当にかわいい親の思いと、したから見上げてガンとバスツッパリ坊主の思いを聞きながら、2人の思いを調整したところのクルマを見つけて売った。
その後、お父さんから電話…事件です。
相談しながらよい解決法を探る。幾度と無く問題発生。解決する。
そうこうしているうちに、ツッパリ坊主がいつの間にやら結婚。
かわいい子が誕生し、とたんに子煩悩。子供のためにワゴンにする。
ただし、ツッパリ系ワゴンは外せない。
時代は過ぎて今はツッパリ坊主から仕事バリバリ父さん。子供は中学生。
事件の多かった時代のことを懐かしく話す。「僕も若かったよね(笑)」と…
「今は仕事が大変でも、子供がかわいいんだよね。」云々…云々
26年間クルマ屋ひとすじの僕にはこんな風景があるんです。
あと少しで3代目が免許を取れば3世代にクルマの販売をするという記録ができる。そして、クルマ屋のお兄ちゃんからクルマ屋のおじちゃんへ…そして次はクルマ屋のおじいちゃん(?)…とは呼ばれたくないなぁ…でも、これもこれからの楽しみです。
そして、こんなことが自分にとって今とても幸せに感じれます。と同時に「中古車の営業」を選んでいなかったら、こんなことは起こりえてない。「中古車屋の営業」を26年やってきたからなんだ…と、そんな気がしております。
【 中古車販売についての思い アレ・コレ 】
中古車販売業と言うのは正直、あまり良い見られ方をしませんが、中古車という分かりにくい商品性からか、安心を求めるせいなのか、人と人とのつながりとか不思議な縁とかが、他の営業よりも強く感じられる職業だと思っています。
適当なことを言ってうまく儲けるというのではなく、お客様との縁を大切にし、本当の意味でお客様の思いをよく聞き、納得するクルマを提供していけたら、といつも思っています。
ここでCMタイムです。とばさないで…続けて読んで欲しいと思う。
当社は今、「車のお探し専門店」という全国60店舗あるグループに加入しています。
注文販売ではなく、より多くの選択基準の中から情報を提供する「情報販売」を目指しています。
同時に「コンサルティング営業」も目指しています。
分かりにくい中古車の「選択基準」を教え、相談しながら納得できる1台を一緒に探し出すお手伝いが出来たら、と考えています。
【 コミュニケーションのはなし アレ・コレ 】
「コンサルティング営業」を進めていく上で極めて重要なのが、コミュニケーションと言う能力です。この話しは尽きることなくあるので要点だけ言いますと、通常「コミュニケーションの第一歩は、相手の話をよく聞くことから始まる」などといいますが、このスタートが間違っているのだと思います。
どういうことかと言うと…
最初は、相手と「一緒にいる」と言うこと、ここから始めようと言うことです。
お互いが同じ位置に立ち、お互いの価値観を認め合い、敬意や尊敬の念を払い…つまり、お互いが「同じ空間を共有する」からスタートすべきだと思います。
会社で言えば、お客様と空間や価値観を「共有する」から「思いを聴く」「話す」そして「問題を調整する」から「創造」クルマで言えば「販売」という形が生まれる。などと…会社で訓示を言っているみたいですが…実は「コミュニケーションの5段階をマスターしろ!」と、いつも会社でうるさく言っている言っていることなんです。(笑)
少し会社っぽくて、理屈っぽくて面白くないですかね?(笑)
ただ、マジでこのスキルをもっともっと上げて本当に納得いく1台を見つける。
お客様とスタッフとの間で「車探しのパートナーシップ」がとれれば、と思っています。
最後に… 「まだあるのかよ!」というお客様の声が聞こえてますが、もう少しです。
長いのはよーく分かっています。社長のブログで、いつも言われていますから…
でも、最後にどこの社長も言いたいのです。これから自分の会社をどうしたいのか?を…
と言うことで
【 ビジョンの アレ・コレ 】
目標は「3世代販売」のできる「お探し専門店」になることです。
目指すは、出会いを大切にしクルマの事なら絶対に負けない「コンサルティング営業」のできる中古車店です。
最後の最後に…まとめ(無理矢理(笑))としてビッグランのビジョンは?といえば…
「もう一度会いたい人」と「もう一度行きたい店」になることを目指す
です。これは、格好だけでなく「本当」に「本気」で「本心」です。
ここまで読んでくださった方は、とても優しくて、思いやりがあって、しかも、かなり辛抱強い方だとお察しいたします。
最後まで付き合っていただき、とても感謝!感謝!です。
改めて御礼申し上げます。
ありがとうございます。